『良い』と『悪い』とか
『強い』と『弱い』とか
『大事』と『くだらない』とか
そういうのって一つの対象に共存できると思うんです。どっちでもあるってことはありうると思うんです。
どっちかが真ならどっちかが偽に必ずなるわけではない。
けど言葉の意味的には対義語だからそう説明されると説得力あって納得してしまう。
それにどっちか決めることが大事だとか、
どっちか決めないとなにも始まらないとか
そういうこと言われるとちょっと確かにと思っちゃう。
けどさ、いい思い込みなんてないと思うんだよね。
決めるのは大事だけどそれはまた別の話しであくまで決めただけでどっちかが否定されたわけではない。
考えることがストップしてしまうのが一番怖い。
自己洗脳って検索すると9割方いいこととして書いてある記事が出てくるんだけどなんで自分自信への洗脳はオッケーなの?
他人と一緒に生きてるのに自分が自分を洗脳したらスゲーズレてる人になるだけじゃない?
その人と話しても全然自分を見てくれてる感じしないだろうな。
どっちでもいいとか、どっちも本当とか、そういうのってありだと思う。それは不誠実なようで、ある意味すごい誠実なんじゃないかな。